9月7日、羽田から香港へ向かうCX549。16時20分発の予定は1時間半近く遅れ、搭乗はボーディングブリッジではなく、139番ゲートからバスで沖停めの機体へ。それでも2Aに座った瞬間、時間はゆっくりと流れ始めた。キャセイパシフィックのファーストクラスは、ボーイング777-300ERで長年飛び続けてきたプロダクト。オープンスイート、濃い木目、バーガンディのクッションは見慣れた顔ぶれだ。しかしファーストクラスの美しさは、新しさとは別のところにある。




遅延を、シャンパンが受け止める
地上での待ち時間を、クルーは空席にしなかった。ウェルカムドリンクとおしぼりの後、ボトルがシート脇に掲げられる。ビルカール・サルモンのキュヴェ・ニコラ・フランソワ・ブリュット2006――ヴィンテージシャンパンをまず見せ、それから注ぐ。機体はまだ地上にいて、夕日が窓を斜めに照らす。90分の遅れは、2006年の一杯に静かに吸収されていった。




メニュー、ワインリスト、そして手書きカード
濃色の表紙のメニューと紫のワインリストが棚に並ぶ。ワインの顔ぶれは今のどのファーストクラスにも引けを取らない。ウィリアム・フェーヴルのシャブリ・グランクリュ ヴォーデジール2022、サン・ジュリアンのシャトー・ブラネール・デュクリュ2015、アルジャーノのブルネッロ・ディ・モンタルチーノ2020、デザートワインにはソーテルヌ一級格付けのシャトー・リューセック2014。ドリンクの頁にはシグネチャーのクラウドナイン、キャセイデライト、21年熟成のウイスキーも。



パジャマとアメニティはグレーの巾着に。スリッパに履き替えれば、足元の広さは堂々たるもの。そして心を止めたのは、一緒に届いた手書きカード。クルーのMelとKeevinが「CX549、HND–HKG、7 SEP 2025」と書いてくれていた。決まり文句の歓迎の向こうで、誰かがその日の便を手で書いてくれる。これがソフトウェアの温度だ。



夕日の離陸
18時08分、機体はようやく離陸した。タキシング中、もう1機が夕日に向かって上昇していく。羽田は黄昏で遅延を埋め合わせてくれた。上昇後は水平線がオレンジの線一本になり、黄昏がスイートに満ちて木の棚を暖色に染めた。






StudioCXの画面とインターフェースは、プロダクトの年輪を正直に語る。それでも作品の品揃えも航路図も不足はない。そもそも3つの窓の黄昏の前では、スクリーンは脇役でしかない。

ディナー:和食の膳
ディナーはグリーンピースのスープから。ミントのクレームフレッシュとクルトンで爽やかに。タイ風牛肉と春雨のサラダはナムジムの酸味と辛味で味覚を起こし、和の季節の小皿には天使海老、蒲鉾、スモークサーモンの寿司、胡麻太刀魚、からすみ、玉子焼きが小さな季節として並ぶ。メインは和食の膳に決めた。鮑と蟹肉のソースの鶏肉ロール、野菜の盛り合わせ、ご飯と味噌汁が白いクロスの上に一式で。デザートは季節のフルーツと、バニラソースを添えた苺のフィロ。軽いパイと新鮮な苺で締めた。








香港へ着陸
食後、キャビンは深紅の灯りに変わり、シートは赤い寝具の下でフルフラットに。映画を1本、海は窓の外で夜に沈んでいく。20時44分、香港に着陸。エプロンは雨に洗われて光り、キャセイの機体が灯りの下に並んでいた。降機前に2Aを振り返る。確かにプロダクトは古くなった。だが2006年のシャンパンから手書きカード、そして一式の和食まで、ハードには余裕が、ソフトには心遣いが残っている。ファーストクラスの美しさは今も成立している。評価は92点。






